diary日 記 2023 / 10/ 01

ノルマンディー地方の名物料理『トリップ・ア・ラ・モード・カーン』

フレンチの臓物料理の王者といえるこの料理は、牛の第二胃袋を使います。トリップよりトリッパと呼ぶイタリアンの方が、日本人にはなじみがあるかもしれませんね。臓物料理というとホルモン焼きとか、偉大なる大阪人の開高健さんの名著、『日本三文オペラ』を思い浮かべるのは、私たち世代までかも。フランスという国自体を私は大いなる田舎と認識しておりますので、フランス料理の神髄も地方料理にあると確信。90年代初頭、まだフランスの地方料理の情報がほとんどなかったころ、柴田書店という料理専門の出版社から『美(うま)しくにフランス』という本を出していただきました。それ以前からフランスの地方にはまっていた私は、その本のための在パリ地方料理専門店の取材に嬉々とした毎日でした。グルメ評価のミシュランが三ツ星を付けたパリのレストランが世界中から集まる食いしん坊たちを虜にしてますが、当のパリっ子たちはマイペース。ロンドン、N.Y.やTokyoと同じで彼らのほとんどが元をただせば地方出身です。フランス人にラテン系が多いからか、彼らは大のおもてなし上手です。プライベートだけでなく、仕事関係の部下や上司や同僚をごく当たり前に、そして頻繁に自宅に招き手料理でもてなします。集団より個を優先する彼らが、仕事関係の人たちを自宅で接待するのは矛盾しているとお思いかもしれませんが、本当です。おもてなしの大義は、ゆめマダムの料理自慢ではありません。おもてなしの目的は、「お招きする相手に自分たちのことをもっと知ってもらい、いい人間関係を築きたい」の一念です。欧米はカップル社会ですから、おもてなしをする側もされる側も、カップル単位が常識。相手がいない寂しい人と思われないためにもLGBDTの分け隔てなく、だれにでもパートナー必須が鉄則です。そして、おもてなし料理のメニューに悩むことなく、自分の出身地の名物料理を作ります。つまりキュイジーヌ・グランメール(祖母)、一世代さかのぼったおふくろの味がおまねき料理の金字塔。生まれ育った土地の名物料理を相手にふるまうことで、自分という人間をより深く知ってもらいたいという切なる願望がおもてなし料理を作るモチベーションになります。

余白が少なくなったので肝心のノルマンディー地方の名物料理、カーン風トリップについてご説明しましょう。パリ地区を出て北西に流れるセーヌ川が印象派のモネで知られるジベルニーに差し掛かるあたりで、ノルマンディー地方がはじまります。酪農で知られる地方ならではの、大きなまだらの牛がのんびり草を食んでいる光景をご想像ください。料理名にあるカーンは地名で、セーヌ川が英仏海峡に流れ込む軍港だった港町です。鮮度が命の臓物のハチの巣を、食べやすい大きさにカットします。よく洗い、大鍋で3回ほど茹でこぼし、玉ねぎと香草で4~5時間コトコト煮込み、お塩とトマト味で仕上げて茹でジャガを添えます。臓物ですから大グセありですが、フランス人ならだれでもニンマリする地方料理の逸品です。ただし、よほどのグルメでないかぎり、日本人にはハードルが高いかも。ちなみにカーン風トリップは調理に手間ヒマかかるのでメニューにあるお店が少なく、あったとしてもお値段はセレブ級。私は隠し味にカルヴァドスではなく、手に入りやすいラム酒を多めに使います。今回の写真に作りたてを撮って載せましたので、じっくりご覧くださいな。