diary日 記 2019 / 10 / 15

懺悔の祈りと寄進で、天国に行ける

ようやくの秋、ブルゴーニュ地方はボーヌというワイン集積地の町にご一緒しましょう。ブルゴーニュといっても大学やゴシック教会、中世の宮廷が残るディジョンの町は素通り。パリからTGVで、ボーヌに直行しましょう。ボーヌといえば、なんといっても15世紀にできたオスピス・ド・ボーヌ。百年戦争の損害に加えてペストの流行と頻発する飢饉で、人々の生活がとことん疲弊。そうした世の中の惨状を見かねて、金満家のニコラ・ロランと妻のギゴーヌ・ド・サランが私財を投げうってオスピス、つまり施療院を寄進。ワイン通の方なら、オスビス・ド・ボーヌの修道院でできる、有名なワインをご存じのはずです。現在も11月の第三土、日、月曜は「栄光の三日間」と呼ばれ、ワイン祭りと同時にブルゴーニュの銘醸ワインの競売が大々的に行われます。修道院でつくったワインを売った収益が、オスピス・ド・ボーヌ施療院の運営資金になりましたが、1971年まで病院として機能していたそうですから驚きです。カラフルな瓦と独特な木造建築で知られる建物を入ってすぐの、「貧者の部屋」から見学。飴色した木枠に、真紅のビロードのベッドが延々と並びます。正面の天井高くはめ込まれたステンドグラスもさることながら、床のタイルや柱など随所に刻まれたNとSの字が目立ちます。夫のニコラのNと妻のサランのSで、二人の施主さんの贖罪意識の真剣さがありあり。それにしても両側に並んだ、ベッドのサイズが寸足らずで子供用のようです。不審に思って係員に聞きましたら、「健康人も病人も寝るときは、生きているうちは頭を高く半起き状態でした。全身を伸ばして寝るのは、死んだときだけだったんてすよ」といわれて納得。完成して200年近く後のこと、オスピス・ド・ボーヌを見学したルイ14世が、男女同室はおかしいといって金貨500リーヴルを寄進したそうですからフランスらしいですね。

以前は祭壇の正面に、フランドル画家が描いた「最後の審判」の大作がありました。重病人は祭壇近くに移され、横たわったままステンドグラスと「最後の審判」を眺め、天国に召されることを夢見てひたすら祈ったわけです。十数年前に「最後の審判」は、空調が完備した別室に移転。「最後の審判」といいますとバチカンのシスティーナ礼拝堂のミケランジェロ作がとりわけ有名ですが、キリスト教世界で「最後の審判」こそ究極のテーマです。ミケランジェロは圧巻ですが、わかりやすさの点でボーヌに軍配が上がりそう。見者側からなら左側、キリストさまが計る天秤の右に行ければ、そこは小鳥さえずる明るい天国。反対にキリストさまの左側なら、全裸の男女が耳をふさいで逃げ惑う地獄堕ち。さてさて天国と地獄、明暗を分かつキーワードは祈りの精神と贖罪意識。よくよく考えれば、金ぴか宇治の平等院もそうですね。私欲を捨てて祈れば救われる、これが宗教の極意かもHappy!!!!