diary日 記 2018 / 01 / 01

犬を連れた奥さん

戌年で、まず思いつくのがこれです。チェーホフの数ある短編の中で最高傑作ともいわれておりますが、読み返すたびに心理描写の巧みさに納得。内容はどうということはなく、そこそこリッチな中年男と若く美しい人妻の不倫ものなんですが、読後の余韻にはまります。以前、「私が推薦するラブストーリー」という某雑誌のコーナーに、迷わずこの『犬を連れた奥さん』を上げました。また、映画化された作品がよくできていて、今でもたまに観て感心してます。文学作品の映画化というと、たいがいの場合は原作より映画が見劣りするものですが、これは例外。映画化成功の鍵は、一重に主人公ドミトリー役の俳優の力量でしょうね。ロシアを代表する名優、アレクセイ・パターロフの面目躍如です。ネタが古いと言われてしまいそうですが、紫式部の時代から人の恋路の闇の部分は普遍です。で肝心のわんちゃんですが、ドミトリーの相手役、若くかわいらしい人妻のアンナが、彼女にふさわしいポメラニヤンを連れて、海辺のリゾート地に現れるところから物語がはじまります。

『犬を連れた奥さん』というタイトルと登場回数のわりにポメラニアンの存在感が薄いですが、仔犬がいるから彼女のかわいらしさが引き立つ。物語の舞台が、クリミヤ半島のヤルタである点も興味がわきます。なにしろ、第二次世界大戦終結がカウントダウンにはいり、英国のチャーチル、米国のルーズベルトとソ連のスターリンが会したヤルタ会議が持たれた歴史的な場所ですもの。小説の設定は19世紀末なので、ヤルタ会議とは無関係で、帝政ロシア末期のゆるゆるな富裕層の海辺のリゾート地での、その場かぎりのはずの恋でした。「二度とお会いしないでしょうが、お幸せにね」とポメラニアンを連れた人妻が言い残してプラットホームを去っていく列車を、男性が見送る。そして当人たちがおたがいに、「ああ、やれやれ。なにごともなく終わって、よかった」と、ほっと胸を撫で下ろすわけです。ところが、人の心は思惑通りにはいかないもので、わかれてから愛があったことに気づく恋もある。市会議員の妻であるアンナは不倫初体験なので仕方ありませんが、片やハンサムでモテまくり、百戦錬磨のドミトリーが不覚にもアンナの虜になってしまっていたではありませんか。市会議員の夫とオペラ観劇しているアンナが、自分を探してサント・ペテルスブルグまで来たドミトリーと再会するシーンなど、まるで中学生同士の逢瀬です。やがてふたりは、ドミトリーが住んでいるモスクワにアンナが定期的に通うことになりますが、最終的にどうなるかはわかりません。高価なポメラニアンがいい子で、嘘から出た誠の恋の一部始終を眺めているわけです。そういえば昨年末、たまたま通りかかった骨董市で衝動買いした、仔犬の置物を玄関に飾りました。戌年の今年、みなさまに幸多き年でありますこと、お祈りしてますね。すべては確率、嘘から出る誠に一縷の希望を託して、出会いの数をふやしましょう。