diary日 記 2017 / 04 / 15

伊勢丹の「フランス展」

恒例イベントとはいえ、出店数と動員数につくづく感心。これぞ伊勢丹の面目躍如とばかりの、混雑でした。それにしても、会を重ねるごとにメインがフランス食品になっているようです。以前はフランス製の生地や食器、置物やアート系の小物が目につきましたが、今は雑貨類の影が薄まりました。有名パティシエのブームが下火になったとはいえ、そのぶんフランス直輸入の飴やビスケット、乾物類が増えてます。「エッ、これも?」と、目を丸くして眺めたものもかなりありました。フランスの地方に古くから受け継がれているお菓子の、陳列品の多さにびっくりでした。たとえばモレ・シュル・ロアンという、フォンテーヌブロー城の近くにあるロアン川べりの村の修道院で、1638年から作られている由緒ある砂糖菓子の缶が並んでいたのは驚きでした。モレといえば、イギリス人画家のシスレーが、生涯この村を離れなかったほど美しい村なんです。フランス・ルネサンスの祖で、あの「モナ・リザ」をルーヴル宮殿のコレクション第1号にしたフランソワ1世ゆかりの、村というには洗練されすぎの村です。藤の花の季節に訪れようものなら、この地で果てても本望なほどの景勝地ですが、観光客に知られるようになったのはこの10年。村の名物の缶入り砂糖菓子のお値段は現地価格の2倍弱でしたから、輸入品としては妥当です。お菓子だけでなく、オリーブの実などもパリより、伊勢丹のフランス展の方が種類は豊富で、少量生産で価格が高いフランス産オリーブが東京で一堂に会したようでした。そしてシャルキュトリーと呼ばれる豚肉加工品のコーナーを通りかかって、さらなる驚きに出会ったのでした。

フランス人の職人さんがひとり、パイ包みの仕上げ作業に取り組んでいるではありませんか。特設会場とはいえ、食品衛生法に則ってしつらえられたプラスチックの簡単な仕切りの向こうで、刷毛でパイ生地に照り出し用の卵黄を塗っていたのが、なんと今回のパリ旅行の最終日に買い物に寄った、「メゾン・ヴェロ」のご主人のジルさんでした。有名カフェの「レ・ドゥ・マゴー」があるサン・ジェルマンの交差点からモンパルナスタワーを目指して直行すると、サン・プラシッドという駅があります。駅に降りる階段のすぐ横に、彼のお店があります。20年前、はじめて取材で訪れたときの店名は彼の名前のままの、「ジル・ヴェロ」でした。ジルさんも、マダムのカトリーヌさんのご実家もともにシャルキュトリーでしたっけ。 そして、彼のお店の地下にある豚肉加工の作業場こそが、私のシャルキュトリー修行の原点。新刊にも書きましたが、もうもうと立ち込める湯気とお鍋やへらがぶつかり合う音と、たまに聞こえてくる職人さんたちの掛け声とetc.現実に戻った私は、フランスのシャルキュトリー界の重鎮が伊勢丹の催事場のかぎられたスペースで、わき目も振らずに黙々と、パイ包みと格闘している彼の姿から目が離せませんでした。売リ場のレジの奥に、マダムのカトリーヌさんがおられました。こういうの、やっぱり好きだなとつぶやいた私。職人さんって、いいですよね。そうそう、コツコツとやっていれば上手になるような、私も職人的な物書きになりたかったんだわとにんまり。ジルさんにお会いできただけで、伊勢丹のフランス展に行った甲斐がありました。