美しい日本の私

2015/10/15 

世代的に、ご記憶にない方がほとんどかも。1968年、ノーベル文学賞を受賞した川端康成の記念講演のタイトルです。中学生だった私は『美しい日本の私』と聞いて、感銘というより“ああ、そうなんだ”と思うしかありませんでした。知らないということは、そういうことなんですね。まだそのころは外国に出てませんし、TVで「兼高かおる 世界の旅」とか「アップダウン・クイズ」で優勝したらハワイに行くみたいなていどでした。スイスは美しいんだとか、ナイアガラの滝がすごいんだとか、羽仁進さんのアフリカ番組に見入るなど、世界の景色をブラウン管を通じて眺めてました。その矢先の「美しい日本の私」ですから、少女心に焼きつきました。“そんなに私たちが暮らしている日本という国が美しいのかしら”ってなもんでした。美しくないと思ったのではなくて、わからなかった。

なぜ今回これかと申しますと、先週訪れた地中海、じゃない瀬戸内海に心が奪われたからです。凪いだ海に三角の島々が水墨画のように重なり、静止画像の中でわずかに小舟が動いているではありませんか。親友の誘いで、瀬戸内海アート鑑賞のツアー旅行に初参加いたしました。鳴門海峡を越えて訪れた陶板美術館も、赤と黄色のオブジェで知られる島ごと美術館も、瀬戸内の景色の前では存在自体がゼロでした。大陸で逓信省の役人だった父方の祖父母が戦後、大陸から引き上げてきて、山口県の徳山の離れ小島に住んでおりました。父はすぐに上京したので、瀬戸内海で暮らしたことはありませんでした。瀬戸内海の小島に姉と私が滞在し、夏休みをなんどか過ごしました。ですから彼の地のことを全く知らないわけではありませんでしたが、祖父母の家があっただけ。景色を目に入りませんでした。団体旅行を続けながら私は、自分が歳を取ったから美しい景色に心惹かれるようになったのかしらと、自問自答を繰り返しました。だとしたら、この先もそうかなと(笑)。島に点在するアートには見向きもせず、瀬戸内に沈みゆく太陽に感動。ところが不思議なことに地中海、じゃなくて瀬戸内海の景色は自然とは別物のような気がいたしました。紛れもなく自然なのですが、大自然が内包する脅威が微塵も感じられないではありませんか。たとえあったとしても、大自然に殉じるかのようでした。この、ひれ伏すほど神々しい景色はなんなのかと、茫然自失。そして『美しい日本の私』という言葉が口を突いて出たのですから、おこがましいかぎりですわ。ほかによかったのはツアーの添乗員さんと、「琴参交通」のバスガイドさんが、局アナみたいに美人で好感度。彼女のトークを真剣に聴いて、楽しい団体旅行でした。