プルーストのマドレーヌ

2012/9/1 

プルーストという、お国のフランスでも難解さで知られる作家がいます。1871年のパリ・コミューンの直後に生まれ、1922年に51才で没。知的で裕福な家庭に育ち、早熟な文学的才能に恵まれ、生涯を親の遺産で暮らした社交界のプリンスでした。代表作であり長編の『失われた時を求めて』の文学的な評価はもちろんですが、邦題が素晴らしい。岩波書店の新訳をみつけたので、再読してみました。第一編の前半にある、マドレーヌの箇所が気になっていたからです。なにしろマドレーヌは、GSの人気者。GSというより、おなかポッコリの貝殻型したマドレーヌは、人々にもっとも愛されている焼き菓子ですもの。小説の舞台はロワール地方のコンブレーという、パリの南西100キロあたりの町です。9才で喘息の発作を起こしてからたびたび訪れるようになった、父方のレオニ叔母さまの家でした。それでは肝心の、マドレーヌのくだりをお聞きください。

「……ある冬の日、帰宅した私が凍えているのを見た母が、私の習慣に反して、紅茶をすこし飲んでみてはと勧めてくれた。……そこで母が持って来させたのは、溝のあるホタテ貝の殻に入れて焼き上げたような「プチツト・マドレーヌ」という小ぶりのふっくらしたお菓子だった。……気を滅入らせつつ、なにげなく紅茶を一さじすくって唇に運んだが、そのなかに柔らかくなったひとかけらのマドレーヌがまじっていた。ところがお菓子のかけらのまじったひと口が口蓋にふれたとたん、私は身震いし、内部で尋常ならざることがおこっているのに気づいた。えもいわれぬ快感が私のなかに入りこみっ、それだけがぽつんと存在して原因はわからない。……」

いかがですか。ちっとも、むずかしくなんかないでしょ? わかりやすい新訳(岩波書店)のおかげで、よほどの方でも読まないプルーストが、普通の私たちに身近な存在になりました。焼き菓子屋にとっては受難の夏が終わり、マドレーヌが美味しい季節になりました。次回はパリの土産話にご期待ください。ア・ビアント!!!