タタン姉妹のお話 2009/10/15 

待ちに待った、タルト・タタンのシーズンになりました。あめ色した、柔らかくて酸味のある、りんごらしさがもっとも光る「裏返しパイ」のタルト・タタンは、素朴が身上のフルーツ焼き菓子の代表選手。ほんの少ししゃっきり感が残るりんごとパイ生地にシナモンの香りがからまり、口の中にえもいわれぬ懐かしさが広がります。草を食む羊や牛がいて、実をたわわにつけたりんごの大木がある牧場は、農業国であることを誇りにしているフランス人の原風景にちがいありません。

タタンと親しみをこめて人々に呼ばれるりんごパイは、実は大いなる失敗の賜物。誕生にまつわる、飛びきり楽しいエピソードがあるんですよ。その昔、といっても20世紀に入ってからのことなので、お菓子としての歴史はそう古いわけではありません。マドレーヌが生まれたのが1755年で、ブリオッシュにラム酒を浸したサヴァランが1845年ですから、フランスの伝統菓子としてはむしろ新参。話しをもどしてタタン発祥の地は、フランス最長のロワール川の上流。王侯貴族の狩場として知られる、ソローニュの森に点在する村の宿屋さん。経営者のタタン家の、二人の娘さんが生みの親。開け放された窓から、小鳥たちのさえずりが聞こえます。旅人に供する食事のしたくをするお台所で、仲良し姉妹がしている、こんなおしゃべりをご想像ください。

「ねえねえ、私たちっておバカさんよね。りんごのタルトを作るつもりだったのに、パイ生地を下に敷くのを忘れちゃったんですもの」
それに答えて姉か妹が、こういったのではなかったでしょうか。
「今からでは、もう遅いわ。下に敷くはずだったパイ生地を、それでは上に乗せましょう。焼きあがってから裏返せば、パイ生地が下になるじゃない」