日本サッカーに立ちふさがる歴史の壁 2006/07/01 
次期、日本チームの監督候補が成田に到着。サッカー界の重鎮ほか、選手たちの沈痛な面持ちからも、四年後のワールドカップに向けての緊張が読み取れます。そんなとき私は、とうに忘れていたパリで暮らしはじめたころのことを思い出したのでした。

乾燥しているパリは、熱帯夜の東京とはちがいます。寝る前に窓を閉めましょうと、ガラス戸の外側に設えられている、重たい鎧戸のノブに手をかけたときのことでした。それまで静まりかえっていたあたりに突然、「ワーッ!」とも「オーッ」ともつかない歓声が湧き上がったのです。

部屋の明かりを消して、テレビを観ていたのでしょう。ほの暗かった家々の窓にいっせいに灯がつき、中庭を挟んだアパルトマンの別棟に住んでいた男女は、レコードのボリュームを全開にして、ダンスをはじめたではありませんか。それだけではありません。表通りを走っていたなん台もの車までが、大げさなクラクションを鳴らし、真夜中のパリがざわめきに包まれていたのです。翌朝になって私は、サッカーがフランスの国民的なスポーツだということを知りました。27年前のことです。

といっても一般のフランス人にとってサッカーは、あくまでも観戦スポーツ。だれもがテレビの前に釘付けになり、自分が応援するチームに声援を送ります。野球は皆無に近く、英国とちがってフットボール人気も今ひとつ。サッカーは運動能力がいいとはいえないフランス人が、唯一熱狂するスポーツなのです。フランスだけでなくヨーロッパのほかの国々もまた、事情は同じ。ジダンやベッカムのような天才選手の存在もさることながら、そこには一般の人々のサッカーに寄せるパッションの長い歴史があります。それを思えば日本のサッカーはまだまだ駆け出し。選手の技を云々する前に彼らを温かく見守り、サッカーを国民的なスポーツに育てようではありませんか。